世界発2005「生物誕生の陰には設計者がいる」 - 「反進化論」台頭米市民に亀裂(朝日新聞2005年12月14日(水)朝刊)

授業に導入、反対派が訴訟
科学技術で世界を引っ張る米国に、現代生物学の礎とされる進化論への風当たりが強い。キリスト教旧約聖書創世記に基づき、神がこの世をつくったとする創造説は「昔の敵」。今は神という言葉を避け、生物誕生には何らかの「インテリジェント・デザイン(ID=知的計画)」があったという主張が進化論批判の急先鋒(きゅうせんぽう)だ。両者の対立は、ペンシルペニア州にある小さな学校区に持ち込まれ、地域社会に深い傷を残した。
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同州中南部ドーバーにIDが入り込んだのは昨年10月だった。日本の教育委員会にあたる公選の学校区委員会が、高校の生物の授業でIDに言及することを決めた。
これに対し、保護者の一部が合衆国憲法にいう信教の自由や、国教策定の禁止に反するとして裁判を起こした。来年早々に判決が出る予定だ。
この決定をした学校区委員9人のうち、8人が11月に改選された。8日に投票された選挙では、ID推進派と反対派の各8人が争った。有権者約1万5千人で投票率は36.7%。前回選挙より11.6ポイントも高かった。結果は、最小得票差24票という接戦ながら、反対派が8人とも当選した。
激しい選挙戦で、町は分断された。通常は政党色のない学校区委員だが、今回は共和=ID推進派、民主=反対派とはっきり色分けされた。家ごとに両派の選挙ポスターが掲げられ、「敵」の店では、買い物もしない。子どもたちが菓子を求めて家々を回るハロウィーンの祭りも、敵陣営の家を避けた。
ドーバーはもともと、教会に通う人の多い、保守的な土地柄だ。IDに反対する人も神を信じるが、内面の信仰と公教育を区別しているだけだ。しかし、当選した反対派の1人、ラリー・グレリさん(57)は、通りをはさんで住む女性に真顔で「なぜ、神を憎むのですか」と聞かれた。
ID反対派は神に反する人たち、と宣伝され、教会に「立候補することは神に反することでしょうか」と尋ねた候補もいたという。選挙後、キリスト教右派福音派)の指導者パット・ロバートソン師は、「もし天災が襲った、神に助けを求めてもだめだ。地区から神を追い出す決断をしたのだから」と自身のテレビ番組で述べた。
落選したID派候補の1人が、投票機械の誤作動を理由に再選挙を要請、反対派1人との一騎打ち投票が1月に行われる。地区はなお、対立から抜け出せないでいる。


「創造説」へ根強い支持
「進化論は万全ではない」と学校で教える動きはオハイオミネソタニューメキシコカンザス州で起きている。今年8月にはブッシュ大統領が、進化論とIDの双方を学校で教えるべきだとの見方を示した。
IDの拠点とされるシンクタンクディスカバリー研究所」(本部・シアトル)のロバート・クラウザー広報担当は「私たちは進化論を教えるな、とは言っていない。生命誕生の謎に答えられないなど、進化論には穴がある。その弱点を含めた論議が必要だと言っているだけだ」と話す。
神や創造説との関連を否定するだけでなく、声高に自己主張せず、代わりに進化論の欠点を強調する戦法だ。授業でIDに言及すると決めたドーバーの動きは「行き過ぎだ」と批判さえする。
11月に公表されたオハイオ大の世論調査によると、米国では54%の人がこの世を神が造ったと信じている。公立学校でIDを教えることに賛成する人も50%に及ぶ。キリスト教右派が根を張る米国で、IDの広がる素地はすでにある。
IDという批判勢力が頭をもたげる中、進化論を再確認する展示「ダーウィン」がニューヨークのアメリカ自然史博物館で11月に始まった。
米各地、カナダを回り、進化論の提唱者ダーウィンの母国英国で生誕200年を記念する、5年に及ぶ大展示だ。進化論が現代生物学、特に感染症などとの闘いにどのように生きているかを、ダーウィンの足跡を追いながら考える狙いだ。
エレン・バッター館長は「企画が決まった02年には、進化論がこんな論争になるとは思わなかった。それだけに、重要な展示だ。発表から約150年、進化論に取って代わる科学的な理論は出現していない」と言う。
学芸員のナイルズ・エルドリッジさんは「イタリアや英国でもIDは広がりを見せている。信仰の一環として、人間と猿の祖先が同じだという主張を受け入れられない人たちがいるようだ。進化論には発表以来」抵抗がつきまとってきた。いまの動きは新しいものではない」と話している。


※キーワード
ID(知的計画)多様で精密な世界の生物の誕生には、時計に設計者がいるように、何らかの知的計画がかかわった、という考え方。聖書の創造説と違い、科学的推論だと主張する。科学者の多くは、実証できない領域に説明をゆだねているとして、「神とは言わない創造説」だと警戒する。進化論と創造説は、米国の教育現場でぶつかってきた。だが、87年に最高裁が公立学校で創造説を教えることに違憲判決を出し、創造説は教室に入り込めなくなった。IDは英国の神学者が19世紀初頭に提唱したというが、米で注目されたのはこのころからとされる。