逐条点検 日本国憲法(東京新聞)

暮らしそのもの『国の基本』全103条


<前文>『平和』『国民主権』うたう


最近、憲法改正をめぐる議論がマスコミをにぎわせています。「何とか止めなければ」と思う人もいるでしょうし、「時代にそぐわないなら変えればいい」という声も聞きます。ただ、その理由を聞くと、「何となく」という人が案外多いようです。そこで私たちは、百三条ある今の憲法を一条ずつ取り上げ、優れた点や問題点を掘り下げることにしました。
憲法の記事を連日載せるのは改憲機運をあおるだけ」という批判もあるかもしれません。しかし、憲法をじっくり考えることは、護憲派改憲派にかかわらず、有意義なことだと考えました。
なぜかというと、憲法は安全保障や天皇制の問題だけでなく、暮らしの中の森羅万象にかかわっているからです。国会や各党の憲法論議では、脳死やIT(情報技術)社会といった広範なテーマを議論しているのです。
宮沢喜一元首相の背広には、いつも憲法の条文が入っているといわれます。
「私は学生時代、旧憲法はじっくり勉強して頭に入っているが、今の憲法は分からないことがある。だから、持ち歩いて勉強しているのです」
護憲派重鎮のこのひと言が、連載を始めるヒントになりました。長い連載になりますが、ぜひお付き合いください。まずは「前文」の解釈からスタートします。


<前文>

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、(1)政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに(2)主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも(3)国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、(4)これに反する一切の憲法、法令および詔勅を排除する
(5)日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる(6)国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、(7)自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、(8)自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。



■語 句
協和(きょうわ)=心を合わせ、仲良くすること。平和主義の意味。
恵沢(けいたく)=恩恵。喜ぶべきこと。自由主義がもたらす幸福という意味。
詔勅(しょうちょく)=天皇の出す公式文書。
崇高(すうこう)=前文には「崇高な理想」という表現が二回出てくる。「崇高」は、英文では「ハイ(high)」が充てられている。単純に「高い理想」の意味と考えて問題ない。
隷従(れいじゅう)=仕え従うこと。この場合は、奴隷制度のようなものを指すとみられる。
圧迫(あっぱく)=この場合は、「迫害」のような意味。
偏狭(へんきょう)=度量が狭いこと。


■背景と解釈
<1>「政府の行為によって」は、「過去の戦争が政府によって行われた」という前提に立っている。同じ過ちを繰り返さない決意を示すことで、平和主義の理念をうたっている。
<2>主権とは、「国家の意思を最終的に決定する最高権力」と解釈されている。大日本帝国憲法下では、主権は天皇にあった。今の憲法では、主権が国民に移ったことを明記した。
<3>国政は本来、国民のものであり、権力を行使する者、つまり政府や国会議員のものではないという趣旨。
<4>旧憲法を認めないというだけでなく、原理に反するような将来の憲法改正も許さないという意味も含まれる。法令や詔勅も、過去、将来にかかわらず、日本国憲法の原理にそぐわないものはつくってはいけない。
<5>軍事的手段以外で、自国の安全と生存を保持すると決意することで、「戦争放棄」「戦力の不保持」の考えを示している。この考えは憲法九条で具体化されている。
ただ、「人間相互の関係を支配する崇高な理想」の意味は、必ずしも明確ではない。
「諸国民の公正と信義に信頼して」のくだりも、日本語としておかしいとの指摘があるうえ、戦争、紛争、テロなどが頻発する国際社会の現状の中でそぐわなくなっているとの意見もある。
<6>平和主義に徹することにより、「名誉ある地位」を占めたいとの意思を示している。政府が、国際貢献をする際によく引用する一文。
<7>国際協調主義を掲げたくだり。利己的な国家主義を排除して、他国と対等の関係で協調していく必要性を強調している。小泉純一郎首相が二〇〇三年十二月にイラクへの自衛隊派遣の基本計画を閣議決定した際、この部分を引用。「憲法の理念に沿った活動が国際社会から求められている」と大義を強調し、論議を呼んだ。
また、平和主義と国際協調主義の理念に基づけば、現行憲法下でも「自衛隊を国連待機軍として国連に提供し、海外で活動させることは可能」という主張も、一九九一年の湾岸戦争以降出ている。これは、国連の指揮下での活動は、憲法九条が禁じた「国権の発動たる戦争」にあたらないとの解釈からだ。
しかし、政府は国連指揮下での活動でも、九条で禁止された「武力による威嚇または武力の行使」はできないとの立場を取っている。
<8>ここでいう自国の主権は、「主権国家」「独立国家」の意味。


各国前文との比較 歴史や理想…内容まちまち


憲法第二次世界大戦後、GHQ(連合国軍総司令部)の手によって起草作業が進められた。そのため、前文は英文を直訳したような表現が多い。内容的にも、第一段の「そもそも国政は…」の部分は、十六代米大統領リンカーンの演説「人民の、人民による、人民のための政治」を引いたともいわれている。
また、わが国の歴史や伝統などに関する記述がほとんどない。このあたりが、「前文は全面的に書き換えるべきだ」という意見の根拠となっている。
ただ、諸外国の憲法前文を調べると、非常にまちまちで、「こうでなければならない」という基準は見当たらない。
中国は冒頭で、世界最古の歴史を持つ国家の一つであるとうたい、建国の父・毛沢東の功績を長文で振り返っている。ドイツは州名をすべて書き込み、東西ドイツ統一の意義を際立たせ、フランスは一七八九年の権利宣言への「愛着」をうたっている。確かに、民族の歴史や伝統を重んじる内容の国は多い。
一方、米国は一文で、憲法制定の目的を簡潔に説明。イタリアは憲法が成立した事実を短く記載しているだけ。制定の年月日を書いただけの国もある。オランダやベルギーにいたっては、前文そのものがない。
諸外国の例をみる限り、日本の前文に歴史や伝統に関する記述がないからといって、即、「欠陥品」と決めつけるのは早計だろう。

核心 『論』から『具体』へ動きだした国会


政界再編で拡大『改憲派』95%に


終戦から還暦を迎えた今年、憲法をめぐって与野党で改正案をまとめる動きが活発化している。国会に憲法調査会が設置され、「論憲元年」の節を刻んだ2000年から5年。改憲は「論」から「具体」へと動き始めた。各党は、どう憲法に向き合おうとしているのか。


■広がる翼
95%。衆参両院で、改憲を容認する勢力が占める数字だ。自主憲法制定を党是とする自民党はもちろん、与党の一角を占める公明党野党第一党民主党改憲勢力だ。
改憲・護憲が伯仲した時代は、去って久しい。改憲勢力が圧倒的多数を占めるようになった理由について、衆院憲法調査会の首脳は「自民党が分裂し、改憲ウイング(翼)が広がったからだ」と言い切る。
一九九三年の自民党分裂に伴う政界再編は、非自民サイドに「改憲DNA」をまき散らした。今、民主党を動かしているのは岡田克也代表、小沢一郎副代表ら自民党離党者が多い。
結党以来、野党として護憲勢力だった公明党は九三年、細川連立政権に参加。今は、自民党と連立を組んで六年目に入った。与党の経験を積むにつれ、改憲側にカジを切り始めている。
日本を取り巻く国際情勢も大きく変わった。
掃海艇のペルシャ湾派遣、カンボジア国連平和維持活動(PKO)参加から始まった自衛隊の海外活動。二〇〇一年の米中枢同時テロでインド洋への護衛艦の「戦時」派遣へと広がり、今や戦闘状態の続くイラクでの活動にまで踏み切った。憲法と現実とのギャップが大きくなったことも、改憲論議を後押ししている。
ここに財界も加わる。日本経団連など経済団体は、相次いで憲法改正を求める報告書を発表。武器輸出解禁、国際ビジネス参入を促す日本の発言力強化…。憲法改正は財界にとって、「実利」を生む起爆剤になるのだ。
こうした動きに、世論も呼応。本社加盟の日本世論調査会の調査(昨年十二月)では、79%の国民が改憲を容認する。


方向性合わず同床異夢


■「2/3」の壁
とはいえ、多数を占め始めた改憲勢力も、方向性は一つではない。
自民党は、新憲法制定推進本部の起草委員会で議論を始め、四月末に試案、十一月に草案をそれぞれ発表する予定だ。
党内は、自衛隊を軍隊として明示することでは一致している。だが、同盟国への攻撃にも武力で応じる集団的自衛権の行使を認めるかどうかについては、「米国が攻撃されれば自衛隊出動は当然」という積極論から、「わが国の安全に関する日本周辺に限る」と抑制的な意見まで差がある。
民主党は、三月に基本的な考えについて提言を行う。自衛隊を軍隊として認め、海外活動は国連の枠組みで行うとの考え方。だが、国連の下での活動で武力行使を認めるかどうかは、旧社会党系議員を中心に依然として抵抗が強く、議論が分かれる。
公明党は「論憲」から「加憲」に進み、五月に基本的考えをまとめる。「加憲」は当初、環境権など「新しい人権」を加える意味合いが強かったが、「論点整理」では九条について「自衛隊の存在や国際貢献は明記すべきだ」との意見があることを表記。九条にも手を入れようという考えが台頭してきていることもにじみ出ている。一方で、「九条は堅持すべきだ」という意見も根強い。
憲法の規定上、改憲を国民に提案するには、全議員の三分の二以上の賛成が必要だ。「改憲」で九割以上が一致しても、今のように同床異夢では、一つの案にまとめるのは至難の業。改憲をライフワークとする中曽根康弘元首相でさえ、「三分の二以上の賛成は非常に難しい」と認める。
一方、共産党は「憲法は世界で誇るべきもの」として、「全条項を厳格に守る」ことを主張。社民党も現憲法は先進的だとして「現憲法の精神を創造的に広げるべきだ」と訴える。だが、両党を足しても数%にしかならない現状では、新たな護憲の戦略は描けない。