逐条点検 日本国憲法(東京新聞)

暮らしそのもの『国の基本』全103条


<第76条> 矛盾抱える特別裁判所

すべて司法権は、最高裁判所および法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法および法律にのみ拘束される。

この条から八二条まで、「司法」に関する条文が続く。司法は三権分立の一角を占めているが、立法権に関する「国会」の章が四一条から六四条、行政権に関する「内閣」が六五条から七五条までを割いているのと比べると、憲法に占める条文数では圧倒的に少ない。しかし、内容は濃いので、一条ずつじっくり点検していきたい。
七六条は、立法権が国会、行政権が内閣に属するのと同じように、司法権は裁判所に属することをうたっている。
最高裁下級裁判所としては、裁判所法に基づいて高裁、地裁、家裁、簡裁が置かれている。裁判官は、どこからも、だれからも命令、圧力を受けることなく、法律だけに従って裁判を行う。
注目したいのは、二項の特別裁判所の設置禁止規定。特別裁判所は、特別な身分の人や出来事を扱う裁判所。戦前は、軍人を裁く軍法会議や、皇室間の訴訟を扱う皇室裁判所などがあった。特別裁判所が設置できないのは、特別の人だけを裁く裁判所があると、一四条の「法の下の平等」に反すると考えられるからだ。
ところで、六四条で紹介した弾劾裁判所の扱いは、どう考えたらいいのだろう。裁判官という特別の人を罷免するかどうかを決めるのだから、どう考えても、特別裁判所のようにみえる。
いろいろ学説はあるようだが、この件について弾劾裁判所事務局に問い合わせると、「憲法上、認められた例外的な特別裁判所です」という答えが返ってきた。弾劾裁判所は六四条に明記されているのだが、それが特別裁判所だとすると、七六条二項との矛盾が生まれる。二項の中に例外規定を設けるなどした方が、分かりやすかったかもしれない。
人事院海難審判庁公正取引委員会などは行政機関だが、裁判所に似た役割を果たす。ただし、この結果が不服なら、裁判所に訴えることができるので、「特別裁判所」ではないと判断されている。
衆院憲法調査会では、憲法判断を専門に行う憲法裁判所の新設を求める意見が多数を占めたが、自民党憲法起草委員会は「設置しない」という結論を出した。国会と自民党の考えが明確に割れた、数少ない部分だ。
同起草委は九条二項を改正し、自衛軍を保持するとの要綱をまとめているが、軍を設置することになれば、戦前の軍法会議に相当する「軍事裁判所」の設置問題が浮上する。この問題は、まだ党内で結論は出ていない。
憲法裁判所、軍事裁判所が設置されることになれば、この条の二項部分は、削除もしくは大幅修正されることになるだろう。