逐条点検 日本国憲法(東京新聞)

暮らしそのもの『国の基本』全103条


<第75条> 閣僚の訴追定義あいまい

国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。ただし、これがため、訴追の権利は、害されない。

この条文は、国会議員の不逮捕特権を定めた五〇条と似ている。議員の不逮捕特権と同様、司法からの不当な介入を防ぐため、閣僚の訴追を制限する内容だ。
この条文は、民間出身の閣僚にも適用される。首相が訴追の対象になった場合は、首相自身が同意するかを判断する。また、議員の不逮捕特権は「国会開会中」という前提があるが、七五条は閉会中も適用される。
「訴追」とは、検察官による刑事上の起訴と公判維持のこと。この条の「訴追されない」という規定をみると、「それでは逮捕はされるのか」という疑問がわいてくる。
逮捕は、違法行為を摘発し、起訴するのが目的。逆に言えば、起訴を念頭に置かない逮捕は、普通考えられない。とすれば、閣僚は在任中、首相の同意がなければ逮捕されない、事実上の不逮捕特権を持つと考えていい。
首相が同意すれば、もちろん逮捕、起訴されることはある。だが、そのような事態になれば、問題の閣僚は事前に罷免されるか、辞任に追い込まれてしまう可能性が高いから、「首相の同意で現職閣僚が訴追」されることは、政治論からみても想定しづらい。
ただ実際は、首相の同意がなくて、現職閣僚が逮捕された例がある。
芦田均内閣時代の一九四八年、政界を揺るがした昭和電工事件で、閣僚職の栗栖赳夫経済安定本部長官が収賄容疑で逮捕された。この際、逮捕状を交付した東京地裁は、「訴追は、逮捕・拘留とは関係ない」との判断を示したという。
憲法公布後間もない戦後の混乱期だったという事情はあるものの、この判断は条文の趣旨に沿っていなかったといわざるを得ない。同時に、この条文のあいまいさが露呈したともいえる。
これで、「内閣」の章が終了し、次回からは「司法」に入る。