逐条点検 日本国憲法(東京新聞)

暮らしそのもの『国の基本』全103条


<第96条> 改正には高いハードル

この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票または国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

憲法改正について規定した条項。ご存じの通り、日本国憲法は制定後六十年近くたった今、一度も改正されていない。
今の憲法が、多くの国民に愛されてきたという証拠ともいえるが、改正に向けて高いハードルが設定されているためでもある。
二〇〇三年三月に国立国会図書館が行った世界各国の憲法についての調査を基に、日本の憲法の改正要件の特徴を考えてみたい。
まず、各国の憲法はどれくらい改正されているのか。日本同様、第二次大戦後に新たに憲法を制定したドイツは五十一回、イタリアは十三回と、それぞれ改正している。調査対象となった七十一カ国中、一度も改正していない国は日本とデンマークだけだ。
なかなか改正できない仕組みの憲法を「硬性憲法」というが、日本の憲法は典型的な「硬性」といっていいだろう。
具体的には、どんな歯止めがかけられているのだろう。改正にはまず、「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」が必要だ。通常の法律は過半数で成立するが、国の基本法でもある憲法を変える時はハードルを高めた。
このように、通常の法律よりも憲法改正の議決要件を厳しくしている国は、七十一カ国中、六十一カ国ある。日本より緩い「五分の三」に設定した国(ブラジルなど)もあれば、さらに厳しい「四分の三」を必要としている国(モンゴルなど)もある。
また、カナダなどのように、いったん可決された後、さらに州ごとの承認も必要としている国もある。こう考えると、日本の憲法は「議決要件」の観点では、必ずしも「硬性」とはいえない。
ただ、日本の政治状況を勘案すると、「三分の二」は強力な「改正阻止」条項だ。結党以来、自主憲法制定を党是としてきた自民党は、単独で三分の二の議席を確保したことはない。今、自民党公明党による連立与党は衆参両院で多数を維持しているが、それでも占める議席は六割程度。野党・民主党の協力がなければ、改正は不可能だ。
二つ目の歯止めは、国会で可決された草案が国民投票にかけられる、というもの。
憲法改正国民投票を義務付けているのは十七カ国。この中には、根幹にかかわらないような改正は国民投票を必要としない国もある。日本のように、一条でも改正する時は国民投票にかけられるという制度は、かなり「硬性」だといえる。
そして何よりも、日本では、国民投票のルールが未整備な点が挙げられる。有権者は何歳以上か。「過半数の賛成」とは、投票総数の過半数なのか、有効投票総数の過半数なのか。これらの明確な規定は、今のところない。
このため国会では、これらを明記した「国民投票法」の制定を求める声が広がっている。与党には、今国会中に同法の整備を模索する動きもあったが、郵政民営化関連法案の取り扱いをめぐって国会が混乱している余波もあり、調整は進んでいない。
さて、この憲法の「硬性」は、護憲サイドには心強いが、改憲勢力には迷惑な話だ。そこで、自民党からは、改正要件を緩和すべきだという意見が多く出ている。
中曽根試案や自民党憲法起草委員会の小委員会要綱は「各議院の総議員数の過半数」に緩和すべきだと提案している。ただ、先にも触れた通り、議決要件が通常の法律と同じ「過半数」としている国は、少数派だ。一気にそこまで緩和することには、慎重論も多い。