社説「やらせ質問 けじめが給与返納とは」(東京新聞 2006年12月14日(木))

教育改革などのタウンミーティングでの「やらせ質問」は「世論誘導」だった。謝罪した安倍晋三首相は自身の「けじめ」として、就任以来の給与を返納するという。どこかおかしくはないか。
一部参加者に発言を依頼したタウンミーティングは百五回、依頼者に一人五千円の謝礼金を支払ったのは二十五回、発言内容を指定した「やらせ質問」があったのは十五回−。
計百七十四回のタウンミーティングのうち、これだけの会合で「不正」があった。
政府の調査委の報告書は「担当者がイベント性重視の事業と理解し、外形的な体裁を重視した」と指摘した。上司の顔色をうかがい、平穏に済ませたいという役人の保身が働いたのだろうか。「国民との対話」という看板を掲げていたのだから、国民を欺くことは知っていたはずだ。
「やらせ質問」は、国民生活にかかわる教育改革と司法制度改革に集中していた。二つとも世論が割れている問題だ。報告書は「政府の方針を浸透させる『世論誘導』の疑念を払しょくできない」と結論づけた。「疑念」でなく、誘導そのものだったのではなかったのか。
小泉純一郎前首相は国民に語りかけることで政治を身近なものにし、自らの人気につなげてきた。全国各地で閣僚が出席して開くタウンミーティングは小泉手法の柱の一つだった。それが、民意を「偽装」する手段になっていたことになる。
安倍首相が官房長官だった時も「やらせ質問」は行われていた。運営は「個々の担当者に事実上委ねられていた」としても、担当閣僚として責任は免れない。そして自ら課した「けじめ」が政権担当三カ月の給与返納だった。
カネ絡みのタウンミーティングだった。一回の開催費が平均二千万円を超えるコスト意識は異常だ。会場での送迎四万円やエレベーターから控室までの誘導で二万九千円などは一般常識から理解しがたい。
しかも、閣僚送迎などで実際に使用したハイヤーの台数が水増しされるなど、不適切な精算の事例が多く見つかった。チェック体制が脆弱(ぜいじゃく)だったでは済まされない。
公金意識の薄さに国民は憤りを感じている。ほかにも税金の無駄遣いはないのか、総点検すべきだ。
首相は「国民の信頼を得られる対話の再構築に速やかに対応してほしい」と指示したが、だからといって首相の給与返納で済む話でもあるまい。安易な幕引きはいけない。
少なくとも当事者の氏名を公表し責任の所在を明らかにすべきだ。