闇に葬っていいはずはない

松岡農相自殺:疑惑に自ら封印(MSN-Mainichi INTERACTIVE 2007年5月29日(火))

事件に関与しているのではないか−−。独立行政法人緑資源機構川崎市)を巡る官製談合事件の一斉逮捕から4日。松岡利勝農相(62)はさまざまな憶測が飛び交う中、説明すべき事実を自らの手で封印した。事務所費問題に端を発した疑惑を、東京地検特捜部はどう見ていたのか。また、捜査はどこまで及んでいたのか。その核心に迫った。【斎藤良太、三木陽介、伊藤一郎、田中謙吉】


◇検察の「ターゲット」緑資源事件…少額、異例の告発
「驚いた」「コメントしようがない」。検察幹部の口調は一様に重かった。関係者は「事件に関係しているかどうかをこれから調べる、という段階だった。幹部は何とも言いようがないはずだ」と代弁した。
自殺直後、検察幹部が口々に「残念」と語った新井将敬衆院議員のケース(98年)とは、明らかに異なる反応だ。証券取引法違反(利益要求)容疑で逮捕寸前の新井氏に比べ、今回は支援企業などを独占禁止法違反容疑の関係先として捜査し、押収資料の分析を始めたばかりだった。
それでは捜査の照準はまったく定まっていなかったのか。謎を読み解くカギは、緑資源機構事件が刑事事件化した過程にある。
同事件のような独占禁止法違反事件は法の規定により、公正取引委員会刑事告発が不可欠。公取委は、刑事告発するか、排除措置などの行政処分にとどめるかの判断基準の一つを発注規模に置く。今回舞台となった林道整備などの調査・設計業務は年間約7億円に過ぎず、通常なら告発を見送るほど少額だった。
それでも、刑事告発に踏み切った理由を、ある公取委関係者は「検察の意向が非常に強かったため」と明かす。検察幹部が24日の一斉逮捕後「公取委が告発に積極的だった」と正反対の見解を示しても、公取委関係者は「それはカムフラージュ」と語っていた。
法務・検察幹部はこう語る。「緑資源機構の事件そのものは、検察としては特にやりたかったわけではない。しかし裏に潜む疑惑を解明したかったのは事実」。松岡農相を「ターゲット」に据えていたことは確かだった。


◇糸口「支援企業の落札」
特捜部がまず注目したのは、松岡農相緑資源機構の発注事業との関係だ。支援企業が松岡農相献金→業者間で談合→支援企業が落札という経緯に関心を寄せた。
機構の受注企業などからの献金は04、05の2年だけでも1100万円余。96〜05年を対象とした紙智子参院議員(共産)の調査では、事件に関与した法人や企業、その代表者らから、総額852万円の献金を受けていた。
中でも特捜部が注目したのは、松岡農相の地元・熊本県で進む「特定中山間保全整備事業」だ。同事業を巡っては、県内の15社が04、05年、松岡氏が代表を務める「自民党熊本県第3選挙区支部」と松岡氏の資金管理団体松岡利勝新世紀政経懇話会」に献金やパーティー券購入費の名目で約967万円を献金した。内訳は▽杉本建設(阿蘇市)344万円▽森工業(同市)172万円▽熊阿建設工業(同市)100万円▽佐藤企業(熊本市)90万円−−など。杉本建設は松岡農相の初当選(90年)以来の有力後援者だったとされ、06年度発注の同事業で2億9100万円を受注した。
こうした地元企業とのつながりを発端にした捜査は、特捜部が02年に摘発した鈴木宗男衆院議員の事件と共通する。松岡農相が「九州のムネオ」と呼ばれていたこともあり「地元のカネを丹念に洗っていけば、糸口がつかめる」とある検察関係者は語っていた。
業界団体にも関心を寄せた。機構の受注業者でつくる「特定森林地域協議会」(特森協)=解散=と表裏一体だった政治団体「特森懇話会」=同=から03〜05年に120万円の献金を受けた。
特森協と企業−−。照準はこの二つに向けられた。ただ、参院選を2カ月後に控え、安易な捜査は「選挙妨害」との批判を招く。農相周辺や支援企業を表立って捜査することはできず、特定中山間保全整備事業の発注機関「阿蘇小国郷建設事業所」(熊本県小国町)を25日に捜索。当然想定される捜索先ではあったが「松岡農相の“琴線”に触れるものがあった可能性はある」と語る関係者もいる。


◇「光熱水費」もヤミに
松岡農相を巡ってはもう一つ疑惑があった。06年9月に毎日新聞の報道で発覚した事務所費と、3月に国会で取り上げられた光熱水費問題だ。
松岡利勝新世紀政経懇話会は、家賃や光熱費、水道代がかからない議員会館に事務所を置きながら過去5年間、毎年2400万円以上の事務所費を、さらに01〜05年には総額約2880万円の光熱水費を計上していた。
光熱水費について松岡農相が「ナントカ還元水」と釈明した今年3月、政治資金規正法違反(虚偽記載)に当たるのではないか、との批判が巻き起こった。しかし、検察幹部は「厳密に言えばそうだが、資金の『出』を事件化するのは難しい」と語り、4月に市民団体からの告発状を受理したものの、この問題については一貫して慎重な姿勢を見せていた。
その裏でひそかに続けていた政治資金の「入り」に向けられた捜査。関係者によると、松岡農相を含む「利益誘導型」の政治姿勢を問題視した情報収集の開始は、5年以上前にさかのぼる。初入閣となった06年9月の農相就任時には、検察内部に「現職大臣をターゲットにする初めての事件になるかもしれない」との声さえ起き、検事らの間で、摘発に向けた意気込みを語り合う場面さえ見られた。だが、自殺はその蓄積のすべてを闇に葬り去った。