文民統制無視の海自派遣は見過ごせない

記者の目:普天間現況調査・海自投入、全く不要=三森輝久(那覇支局)(MSN-Mainichi INTERACTIVE 2007年6月6日(水))

◇「同胞相克」に近似の事態−−首相、文民統制を軽視
米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)のキャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市)への移設に先立つ現況調査の機器設置作業に、政府は5月18、19の両日、海上自衛隊を投入した。
米軍基地建設を自衛隊が支援したのは初めてだ。反対運動を理由にした出動は、自衛隊に新たな役割を担わせたと言える。しかし、理由や経緯について十分な説明はなかった。防衛省内でも見解が分かれる出動は、シビリアンコントロール文民統制)をないがしろにしかねない。最高責任者である安倍晋三首相の責任は厳しく問われるべきだ。
安倍首相は海自が作業に加わった18日夜、「知識と技術を持つ自衛隊が協力したということではないか」と述べた。だが現場で取材した限り「協力」する必要は全くなかった。
調査海域では、那覇防衛施設局の調査船を市民団体のカヌーや小型船が数隻で囲み、作業阻止を試みた。久間章生防衛相は「反対派が力ずくで調査をさせないというのは異常だ」と言ったが、大半の調査船は支障なく作業をしていた。しかも海上保安庁の巡視艇やボートが警戒し、海自が出るような状況ではなかった。
近海に派遣された掃海母艦「ぶんご」は、最後まで姿を見せなかったが、政府のやり方に沖縄県仲井真弘多知事は「県民感情を考えると荒っぽい」と不快感を示した。
そもそも施設局は3月、作業を民間業者に委託契約していた。安倍首相が言う海自の「技術」は初めから必要なかった。今回の作業は3日間だったが、当初計画からカメラやソナーなどの機器設置数に変更はなく、やろうと思えば5月初旬からでも可能だったはずで「短時間に機具設置などをやるので(海自が)協力した」(久間防衛相)との理屈も崩れる。
出動の理由や目的、法的根拠を巡る政府の説明は当初からあいまいだった。久間防衛相は参院外交防衛委員会で「妨害に対する人命救助も含め、どんな場合も対応できる万全の態勢をとっている」と海自による警備の可能性を示唆した。
防衛省の山崎信之郎運用企画局長は16日の衆院外務委員会で法的根拠について「一種の官庁間協力だ」と説明した。しかし、別の同省幹部は毎日新聞の取材に「他省庁じゃないから(官庁間協力は)おかしい」と否定した。一方、制服組は「部内業務支援だ」と強調し、省内でも見解が分かれた。結局は「国家行政組織法に基づく官庁間協力」に統一したが、「後付け」の印象はぬぐえない。
問題はまだある。政府は「作業に影響する」として、海自の出動実績をいまだに説明していない。シビリアンコントロールの本質は、国会による自衛隊の統制だ。その国会審議で政府はきちんと説明しなかった。安倍首相と久間防衛相は、反対運動を理由に自衛隊の活動領域を広げる実績づくりを狙ったと考えざるを得ない。
自衛隊は「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務」(自衛隊法3条)とする。私は、世界情勢に照らして、自衛隊を必要な組織と考えている。しかし目的も根拠も内容もあいまいな運用は決して許されない。恣意(しい)的出動は、沖縄県民だけでなく、自衛隊に対する国民の信頼を失ってしまう。
首相の祖父、故岸信介元首相は1960年6月、日米安保反対のデモ隊鎮圧のために自衛隊の治安出動を当時の赤城宗徳防衛庁長官に要請した。赤城氏は「同胞相克の撃ち合いになったら自衛隊は終わりだ」と断った。今回は治安出動ではないが、「同胞相克」の事態に極めて近い。沖縄国際大の佐藤学教授(政治学)は「首相は祖父ができなかったことをやったつもりでいるのではないか」と指摘した。私もそんな疑念を感じる。
「基地には反対だが、反対ばかりでは問題は解決しない」と考え、仲井真知事に投票したという男性会社員(41)は「(自衛隊の投入は)いくら何でもやりすぎだと思った」と話す。多くの県民の共通の思いではないかと思う。
国の事業に反対する市民の抵抗を理由に、国会で十分な審議も説明もしないまま自衛隊を出動させたことを安倍首相は、もっと深刻に受け止めるべきだ。
不幸にも「実績」はできてしまった。このままでは「次は反原発運動に自衛隊出動も十分考えられる」と言えば言い過ぎだろうか。以前なら笑い飛ばしてすんでいた話が、冗談ではなく現実になりかねない。そんな危惧(きぐ)をいだいている。