「憲法を読む」(毎日新聞連載)

憲法をよむ:/1 前文 原点は「一人一人が大切」(毎日新聞 2013年11月22日(金))

日本国憲法が1947年5月に施行されて66年半。いま憲法を取り巻く状況が大きく変わろうとしている。自民党は昨年4月に改正草案を発表。憲法改正に必要な国民投票の投票年齢などを確定する、国民投票法改正を急ぎ、改憲への環境整備を進める。改正草案は、自衛隊国防軍とし、国民の権利義務規定にも変更を加える内容だ。2015年の戦後70年を前に、まずは憲法への理解を深めたい。そんな思いで連載「憲法をよむ」を始める。憲太君が抱く素朴な疑問に先生が答える形で各条文を解説する。連載開始にあたり、大阪大大学院高等司法研究科で憲法を研究し、毎日新聞「開かれた新聞」委員会委員を務める鈴木秀美教授に話を聞いた。【聞き手・遠藤孝康】
◇国民が権力制御
憲太君 憲法はまず前文(ぜんぶん)から始まるんだね。
先生 前文というのは、その法を定めた目的や基本原理が書かれた文章です。
憲太 憲法の基本原理って何?
先生 国民主権基本的人権の尊重、平和主義。これが、日本国憲法の3大原理です。第二次世界大戦の前や戦争中は、国民に主権がなく、結果的に戦争への道を進んでしまい、国家を守るためにたくさんの個人が犠牲になった。その反省から、この三つの基本原理が定められたのです。前文の1文目には、その思いが盛り込まれていますね。
憲太 「国民主権」ってどういうこと?
先生 国の政治のあり方を最終的に決めるのは国民、ということです。前文の2文目には「信託」という言葉がありますね。国の政治は国民の代表者が決めるが、そうした権力を使えるのも国民が信用して任せているからだ、ということです。
憲太 1文目が「日本国民は……この憲法を確定する」となっているのも、そういうこと?
先生 ええ。つまり、国民が権力を委ねた者が勝手なことをしないよう、その権力を縛るために、国民がこの憲法を作った、ということです。「立憲主義」と呼ばれる考え方ですね。
憲太 第2段落は平和について書かれているね。
先生 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」私たちの安全を守ると表明しています。第9条の「戦争の放棄」や「戦力の不保持」につながる理念ですね。「平和のうちに生存する権利」という言葉も出てきます。平和に暮らすことを、国民の権利と捉える考え方で、徹底した平和主義の表れともされています。
憲太 自民党案は?
先生 「前文は翻訳調で日本語として違和感があり、内容にも問題がある」として、全面的に書き換えていますね。憲法の基本原理の「国民主権」と「平和主義」の言葉は盛り込まれています。「基本的人権の尊重」も明記されましたが、「尊重する」主体が「国」ではなく「国民」となった点で、「立憲主義に逆行する」という批判があります。新たに「固有の文化」や「良き伝統」という言葉が入っていますが、個人によって評価の分かれる価値観を憲法に盛り込むべきかどうか、議論があります。「平和的生存権」は盛り込まれませんでした。=次回は第1〜2条です
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◇「お任せ民主主義」やめよう??鈴木秀美・大阪大大学院教授
最近、立憲主義という言葉が改めて注目を集めています。憲法は時の政権のためではなく、国民の人権を保障するためにあるという考え方です。簡単に言えば、一人一人が一番大事。一人の権利を守るために憲法で権力の乱用に歯止めをかける。これは、近代の欧米が作り、戦後日本も含め、国際社会の先進国が支持し、育ててきたものです。
自民党憲法改正草案は立憲主義の観点から見ると、人権保障の水準が後退しています。国民が望むなら日本固有の道を行くのも仕方がないが、国際社会が共通して目指す方向から見れば後退と言わざるを得ません。
憲法制定時、戦争を経験した人は悲惨な体験を二度としたくないと強く思っただろうし、言論弾圧や人権無視を繰り返さないという覚悟があったと思います。自民党憲法改正を党是としながら、改憲に至らなかったのも「憲法は変えない」という社会の合意があったからでしょう。しかし、戦争体験者とそうでない人の割合は変わっていきます。憲法を取り巻く状況の変化の背景には、戦争を知る人が減る中で、国民の意識の変化があるのかもしれません。
私が研究しているドイツでは、憲法にあたる基本法の改正が60回近く行われました。ただし、多くは連邦制に起因する権限の配分などの規定で、基本原理は決して変えていません。改正を行う場合は、それぞれの立場で意見を出し合い、議論を尽くす。そうして憲法を大切にしてきたと言えます。日本では最近、選挙の投票率が低下し、政治は専門家にお任せという「お任せ民主主義」になりかけていると言われます。もっと市民が憲法や政治に興味を持って、声を上げてほしい。そのためには、憲法がどういうものかを知り、市民が憲法を身近に感じることが大事だと思います。
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【現行憲法
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢(けいたく)を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅(しょうちょく)を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従(れいじゅう)、圧迫と偏狭(へんきょう)を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


自民党案】
日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴(いただ)く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。