逐条点検 日本国憲法(東京新聞)

暮らしそのもの『国の基本』全103条


<第38条> 自白偏重改まったか

何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
強制、拷問もしくは脅迫による自白または不当に長く抑留もしくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、または刑罰を科せられない。

三八条は刑事手続きで、被告人、容疑者などが事実を話す「供述」、自分の犯罪を認める「自白」について規定している。
自白は、他の証拠よりも証拠価値が高く、「証拠の王」とされてきた。そのため、戦前には、自白を得ようとして拷問などが行われ、人権が侵されるとともに、多くの冤罪(えんざい)を生んできた。
今月、六十年ぶりに再審開始が決まった戦時下最大の言論弾圧事件「横浜事件」でも、元被告らが有罪とされた唯一の証拠は自白だった。東京高裁は「元被告らは取り調べ中に拷問を受け、やむなく虚偽の疑いのある自白をした」と認定した。
三八条はこうした自白に偏った刑事手続きへの反省から生まれ、二項では、本人の意思によらない自白を証拠として扱わないことを規定。三項は、自白だけで有罪にすることを禁じている。自白は「証拠の王」の座から転がり落ちたことになる。
一項は「黙秘権」の根拠となっている。「黙っているのは、やましいところがあるから」という印象を持つ人もいるようだ。だが、有罪かどうかは裁判所が決めることで、それ以前は「無罪」と推定されるのが原則だ。そう考えると、黙秘権は刑事被告人にとって大切な人権といえる。
中曽根試案では、今の憲法三八条の趣旨はそのまま盛り込まれている。衆院憲法調査会の議論でも、この条文に異を唱えるものはない。しかし、議論の中では「改憲論議よりも、問題とすべきは憲法と運用の実態が乖離(かいり)している現状」という意見が出た。
この条文に沿った手続きの実現こそが課題といえる。現在も、取調室で自白の強要が行われていないとは限らない。