逐条点検 日本国憲法(東京新聞)

暮らしそのもの『国の基本』全103条


<第55条> 一度も例ない資格争訟

両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。ただし、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

ある議員が「A議員は議員の資格がない」と考えて議長に訴状を提出すると、衆院懲罰委員会参院は資格争訟特別委員会の審査を経て、本会議で採決される。資格がないと議決されれば、A議員は、その場で議席を失う。これを資格争訟という。
争訟とは、耳慣れない言葉だが、「訴えを起こして、争うこと」という意味。訴訟よりも広い意味で使われる。
裁判に似た制度だが、裁判所ではなく国会が自ら行うことで、議院の自律性を保っている。
憲法制定まで担当相として国会答弁を一手に引き受け、「新憲法生みの親」と言われた金森徳次郎氏は「議会の構成のことは、議会自ら最大の関与をするのが適切」という哲学で、この条文をつくったと説明している。
「議員の資格」とは、被選挙権を持つ年齢に達していることや、議員との兼職が認められない職務に就いていないことなどの条件をいう。
資格争訟では、行動が議員としてふさわしいかどうかは問われない。院をけがすような言動をした議員は懲罰にかけられるが、これについては五八条の回で紹介する。
資格争訟は、今の憲法下では一度も起こされていない。つまり、この条文は制定以来六十年近くの間、注目されない影の薄い存在だった。
それもそのはずだ。被選挙権があるかどうかは、戸籍謄本で簡単に分かるし、議員と掛け持ちできない職業は、立候補した時点で退職することになる。
資格のない候補が当選してくること自体が、想定しにくいのだ。
同条は、政府原案の段階では、議員の選挙の有効か無効かをめぐる争訟を裁判する権限も含んでいた。しかし、一九四六年の衆院審議の際、多数党の横暴を防ぐことなどを目的に削除。
結局、「使い勝手」の悪い資格争訟権だけが残った。