「イマジン」が聞こえる - 天野祐吉 (朝日新聞2005年11月3日(木)朝刊)

テレビから、ジョン・レノンの「イマジン」が流れてきた。見ると、「写真は愛」「写真はメッセージ」「写真は平和」……と語るオノ・ヨーコの声とともに、ジョンとヨーコの昔の写真が次々に映し出されていく(富士フィルム)。動かない写真が、なぜか動いているように見えるのは、ジョンの歌声のせいだろう。
「想像してみよう、国境なんてない世界を。国のために殺したり死んだりすることのない世界を……」と彼は呼びかけ、「ぼくを夢想家と言うかも知れないが、こう思うのはぼくだけじゃないはずだ」と、静かに歌っていく。戦争なんかない世界をつくり出すのにいちばん強い力を持っているのは、演説でも議論でもなく、こういう想像力豊かな表現なんじゃないだろうか。
CMのはじめとおわりに出てくるオノ・ヨーコの表情もいい。きびしいけれど、おだやかだ。その表情もまた"反戦"というより"非戦"の意志を感じさせる。国境のない世界をどんどん想像できなくなっていくいまの世の中の想像力の貧しさを、あなたどう思いますか、とその顔はばくらに語りかけているようにも見える。
そう言えば、ジョン・レノンが死んで、ことしで25年になる。この四半世紀の間に、この地球上で戦争のなかった日は、あるいは戦争で死んだ人のなかった日は、一日もなかったんじゃないだろうか。
そんなときにまた、自民党から憲法の改定案が出た。第九条を変えるなという強い世論に気をつかって、表面的にはかなりおだやかな調子になったけれど、しかしそのぶん巧妙に、"目衛軍"が海外で戦争をすることができるようにする条文を新しく加えている。
とくに「うまい」と思ったのは、「戦争の放棄」という言葉を条文のなかに一応は残しながら、第二章全体のタイトルを、いまの「戦争の放棄」から「安全保障」というタイトルに変えているところだろう。つまり、いまの憲法のいちばんの核になっている「戦争の放棄」という言葉を、できるだけ目立たないようにしているところである。
ま、憲法の改正については、これからいろいろな議論がされていくことになるんだろう。それはとことんやってほしいと思うけれど、できれば、そういう議論の場のバックミュージックに、ジョン・レノンの「イマジン」を流してほしいものだ。