今、愛し合うとき - 10年ぶりの新作 スティービー・ワンダーさんに聞く「私の神は戦争を考えない」(朝日新聞2005年11月23日(水)朝刊)

今、愛し合うとき - 10年ぶりの新作 スティービー・ワンダーさんに聞く「私の神は戦争を考えない」(朝日新聞2005年11月23日(水)朝刊)

新作「タイム・トゥ・ラヴ」は、28枚目のオリジナルアルバム。本来はもっと早い完成が見込まれていたが、親友で大先輩のレイ・チャールズが死去、最初の妻シリータさんもがんで亡くし、創作意欲が一時萎えてしまったとも伝えられた。なぜ10年かかったのか?
「この10年、いわば『人生を生きていた』んです。私たちは、牢獄(ろうごく)に捕らわれてるのではないけれど、人生そのものに捕らわれている。そこには悲しみの時もある。嘆きの時も、幸せの時も。そして今、愛し合う時(タイム・トゥ・ラヴ)が来たというわけです」
50年、未熟児として米デトロイト郊外で生まれた。生まれたころから視力がなかった。十代初めでレコードデビュー。70年代に入ると、先進的な音楽でありつつ、人口にも膾炙(かいしゃ)するポップなヒット曲を連発するようになる。また、人種など社会問題を歌詞に取り込むことも恐れなかった。
新作の1曲目、「イフ・ユア・ラヴ・キャンノット・ビー・ムーヴド」は「地獄のような戦争はすべきじゃないなんて、君にはとても言えないよ/裏取引はしないだなんて、よく言えたものだ」と歌う。イラク戦争や、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言を批判した、ともとれる歌詞がちりばめられている。
キリスト教徒やイスラム教徒で、口では神に仕えるといいながら、本当にはそうでない人々のことを歌っている。破壊や爆撃が解決だというリーダーたちに問いかける歌なんです。なぜなら、私の知っている神は、戦争やテロが何かの解決策になるとはお考えでないから」
60年代末から70年代初めは、米国の国論が二分された時代だった。ベトナム戦争公民権運動、ウォーターゲート擬惑をめぐるアンチ(反)ニクソン大統領の動きに揺れた。ブッシュ大統領への信任が揺らぐ今の米国はあの頃と似ている?
「より深刻になっています。アンチ平和、アンチ愛にあふれている。ある種のリーダーは、アラーや神への人々の献身を自分のために利用している。でもわれわれは人間で、選択する能力がある。自由意思がある。(だれかの言いなりになるのでなく)自分が何をしているかに責任がある。私も、歌うことに責任を負っています」
愛娘のアイシャさんとデュエットする「ポジティビティ」は覚えやすいポップな曲。
「朝、太陽は私にははえみかける。喜び、幸せを感じる。地上にいる間は『FTDS(フォゲット・ザ・ダム・スタッフ=つまらんことに拘泥するな)』で行こう。そんな歌です」
かつてヒットを量産したが、寡作ゆえ、聴衆やレコード会社の新作への期待は過度に大きくなる。そんなありように圧迫を感じることはないのだろうか。
「私にできるのは、私ができることについて、私ができるベストを尽くす。それだけです。このアルバムが大ヒットしなかったら、悲しくなるだろうか?ノー。すごいハッピーでしょう。それは私がベストを尽くしたから。世の中に受けいれられたら幸せだけど、世間は私を壊すことはできない。自分がしたいことにベストを尽くすという私の信念は、ヒットしてグラミーを取りたいという私の欲望より、大きいんです」
インタビューの途中、突然傍らにアイシヤさんを呼び、ハーモニカを吹き始めた。
「演奏自体がうれしくて仕方ない。あなたもいいものが書けたら『イェー、イェー、イェー』って感じでしょう」
いかにも楽しげに手のひらを拳でたたき、そう言った。