安倍氏への批判

発言録 - 総裁選 8日「発言力を磨け」加藤紘一 自民党元幹事長(朝日新聞 2006年9月9日(土)朝刊)

◆谷垣財務省の総裁選出陣式のあいさつで
靖国問題や中国、アジア外交をよく論じてみると、この間の戦争をどう評価しようか、将来に向けてどういう足場を心の中に築くか、という国の基本問題がある。
しかし、新聞を見ると、歴史や靖国問題政策論争の中に入れるのは「よこしまな考えだ」と安倍官房長官がおっしゃっていた。歴史を考えている国民は「よこしま」なのか。戦争責任総括を一生懸命やる新聞はよこしまなのか。総理にならんとする人は、国語力を磨いて欲しいな、という気持ちでいっぱいだった。



安倍氏歴史認識「国民への欺瞞」鳩山幹事長が批判(朝日新聞 2006年9月9日(土)朝刊)

民主党鳩山由紀夫幹事長は8日の会見で、95年の村山首相談話をめぐり、安倍官房長官が「歴史認識については本来、歴史家に任せるべきものではないか」と語ったことに対し、「国民に対する欺瞞だ」と批判した。
鳩山氏は「歴史認識は政治家にとって最も重要な事柄で、余りにも軽い発言だ。根幹的な歴史認識すら明らかにできない方が、果たして国民を正しくリードしていくことができるのか」と述べた。



私の視点 ウイークエンド- 自民総裁選どう見る「安倍氏歴史認識を語れ」山口二郎北海道大享受(政治学)(朝日新聞 2006年9月9日(土)朝刊)

安倍氏が総裁戦で圧勝する勢いだが、私には、なぜ安倍氏の人気が高いのか、いまだによくわからない。対北朝鮮政策では、ある種の存在感を示したとはいえ、何しろ官房長官以外に閣僚経験がなく、政治家として評価する材料がない。
小泉首相が可愛がって後継者にしようとしていること、ポスト小泉候補のなかでいちばん若いこと、そして岸信介元首相の孫、安倍晋太郎元外相の息子という毛並みの良さ。そうしたことからくる、根拠の弱い、ふわっとした大衆人気のようなものがあって、それが自民党のなかに反映され、安倍氏に乗っかるというなだれ現象が起きた。政治家自身が大衆化してしまったということなのだろう。
そして、なだれ現象の大きな要因となったのは、小選挙区制のもとで小泉首相が党内の中央集権化を進め、反主流派の居場所がなくなってしまったことだ。
加藤紘一・元幹事長の実家が放火された事件で自民党の反応が鈍かったのは、小泉、安倍両氏がなかなかコメントを出さず、彼らが何を言うか、皆が様子見を決め込んでいたからだと聞く。基本政策を軸にして党を統合することが間違っているとは思わない。だが、権力者の顔色をうかがって、暴力による言論抑圧のような重大な問題にまで口をつぐむのでは民主主義の破壊だと言わざるを得ない。
政策面を見てみると、安倍氏は教育改革に熱心だというが、著書「美しい国へ」を読んでも、「モラルの回復」といったたぐいの「お説教」ばかりが目立つ。いまの教育がかかえるいちばんの課題は格差だ。恵まれない家庭環境の子どもが大学に進学できる仕組みをつくることは、安倍氏が重視する「再チャレンジ」の発想にもつながると思うのだが、そうした社会の仕組みづくりへの言及は乏しい。
そもそも、政治家が「美意識」を前面に掲げること自体に違和感を覚える。「美しくないもの」の排除につながり、ブレーキが利かなくなる危険をはらんでいる。
また、安倍氏は戦後の民主主義は敗戦によってもたらされたことをどう考えるのか。安倍氏の言う「戦後レジームからの脱却」と、民主主義の擁護は矛盾する。民主主義という価値は歴史認識と不可分であり、それは靖国参拝問題と直結する。安倍氏はこの問題から逃げてはならない。
安倍氏は外交面では小泉首相国家主義的路線を基本的に継承し、経済政策など内政面では官僚依存を一層強めるだろう。自民党民主党でかみ合った論争をすることを期待したいが、心配なのは、米国でキリスト教原理主義者・ネオコン新保守主義者)と穏健リベラルの間で、対話不能なまでの分裂が生じている状況が、日本の言論界にもみられることだ。
もともと保守的とされてきた人が歴史の現実を踏まえて論を立てても、聞く耳を持たない狂信的な人々がおり、まさにそうした人たちが安倍氏のブレーン集団を形成しているのである。こうした分裂が政治にまで持ち込まれたら、説明抜きの小泉流にさらに輪をかけた不毛な対立に陥ってしまうに違いない。