防衛「省」昇格で起きること

特報「防衛『省』法案 成立すると… 『戦地出張』 闇では脈々」(東京新聞 2006年12月2日(土))

教育基本法「改正」、共謀罪の攻防の傍ら、防衛「省」昇格法案が衆院を通過した。昇格の理由は防衛庁のホームページ上の説明でも不透明だが、予算を強気に獲得したいという点は確か。受注先の兵器産業には「朗報」だ。自衛隊も兵器産業も市民には「遠い話」に聞こえるが、民間社員も海外の現場へ派遣され始めた。兵器産業の視角から「省」昇格と海外活動本務化の意味を探ってみると−。


民主党の賛成で難なく衆院を通過した防衛「省」昇格法案。柱は二つで、一つは内閣府の下部だった防衛庁を「省」にすることで、防衛「相」は首相を通さず閣議の開催や予算を直接要求できるようになる点。もうひとつは、自衛隊の付随的任務だった国連平和維持活動(PKO)や周辺事態法に基づく後方地域支援が本来任務になることだ。
これにより、自衛隊専守防衛から海外展開へと性格を変え、巨額の防衛予算をさらに増額要求するのは必至だ。最高指揮権は首相に変わりないものの、文民統制は一段と薄くなる。
法案で見落としてしまいそうなのが、本来任務の中の「その他の国際協力の推進」という文句だ。国連の枠組みとは別、つまりは自衛隊が事実上、米軍の下請けになる懸念もある。
海外活動の本務化と予想される予算増の影響は、民間の兵器産業にも及びそうだ。というより、テロ特措法、イラク特措法で実際にはすでに及んでいる。
その一社、石川島播磨重工業(IHI)の元社員で重工産業労組の渡辺鋼書記長らが入手した防衛庁作成資料によると、自衛隊のインド洋、イラク派遣に伴い、二〇〇二年七月から〇五年十二月までに、十九回計五十七人の民間企業従業員が海外の現場に派遣されている(別表参照)。イラク戦争関連の三回の派遣は行き先が公表されていないが、同氏は「C130輸送機の修理では」と推測する。
渡辺氏は「テロ特措法が成立直後の〇一年十二月、防衛庁は兵器企業十数社の担当者を集め、現地派遣する従業員リストを作るよう要請。名簿、パスポートの提出を求め、予防接種も指示された」と証言する。
指名された社員は空路、派遣海域に近い港に向かったという。一例として、〇二年十月の護衛艦「ひえい」の修理では、IHIの技師ら四人は出国の翌日に現地に到着し、午後三時四十分に乗艦。六時から修理を始め、翌日午前五時に溶接が終了、午後一時三十二分に下船している。「相当な突貫工事。徹夜だったのでは」と渡辺氏はみる。
こうした出張は事実上「防衛秘密」とされ、同僚にも家族にも言ってはならないという。「〇一年の自衛隊法改正で、民間企業が防衛秘密を漏らしたときは五年以下の懲役とされ、『あれもこれも防衛秘密』になった。情報公開請求しても、メーカー名や作業場所は墨塗りばかりだ」


■民間社員の派遣増も
過酷な出張でも特別な手当はなく、一般の「業務命令」で派遣されているという。「危険手当を払うと危険な場所、と認めることになるからだ。イラン・イラク戦争で、現地のコンビナートに派遣された社員には戦争保険を掛けられたが、今回はそれすらなし。全員無事だったらしいが、何かあったらどうなるのか」
実際、防衛「省」への昇格を国内兵器産業は期待の目で見つめている。ある重工メーカーの幹部は「省になると立場が上がり、予算獲得力は確実に上がる。大いに歓迎で喜んで納入させてもらう」と語る。
ただ、日本は「平和国家」の建前から、武器輸出については「武器輸出三原則」で制限してきた。とはいえ、八三年には、政府は米軍向け武器技術供与を例外化。〇四年十二月には「ミサイル防衛(MD)システムは日米安保体制に寄与する」として、日米共同開発の際は三原則の適用外とすることを決めた。
独協大学西川純子名誉教授(アメリカ経済)は「『省』昇格で防衛大臣が登場するようになれば、すべての面で軍備増強に走るのは明白」と警告する。
西川氏は防衛「省」昇格の背景には「米国防総省へのあこがれ」があるとみている。「日本の兵器産業はは米国の下請けで、対等な関係になることまでは米国は許さない。とはいえ、米国の国防長官はすべての兵器産業の権限、予算を握っている。日本もそれにならい、本格的に兵器生産を始めたいのだろう」


自衛隊の歴史 「大きな転換」
では、具体的な中身はどうなるのか。MD問題の分析を続ける杉原浩司氏は「自衛隊が海外展開を普通の任務とすることは、その歴史からすれば大きな転換」と指摘しつつ、MD開発での協力関係を重視する。
杉原氏によると、地上型の米国製パトリオットミサイル三菱重工ライセンス生産したものが〇八年度から配備される。さらに強力な防空システムをもつイージス艦に搭載される次世代のスタンダードミサイル開発については、すでに三菱重工など複数の日本企業が参画しているという。
ただ、MDをめぐる国際的な流れは、世論の反発や予算難からカナダやチェコなどで撤退表明が相次いでいる。それでも、杉原氏は日本は突き進むとみる。
「次世代ミサイルが完成すれば、米軍はもちろんその他の友好国にも輸出されるだろう。日本は武器そのものの輸出はしてこなかったが、その一線は完全に崩れ去ってしまう。これを突破口に次はロボット、無人機、戦闘機などへと拡大することは間違いない」


■日本市場でも専業へ傾く?
立命館大学の藤岡惇教授(アメリカ経済)も杉原氏の見方に同調する。「日本の軍事産業防衛庁の発注という安定した市場が小さいため、米国の部品提供のような形だった。軍事専業でなく民需と兼業していたが、防衛『省』誕生で米国のように専業に傾いていくのではないか」
さらに、その方向として「米国がする戦争に積極的に加わり、航空・宇宙産業にも本格的に参入する。米国は現在、中国のミサイルを上昇段階で撃ち落とすことを狙っている。これには膨大な資金が掛かるので日本も負担せよ、となる。日本の兵器産業には願ったりだろうが、資源を宇宙の穴にどんどん投げ込むようなものだ」と語る。
加えて、民間企業の動員も増えると予想する。「自衛隊が海外で大手を振って行動できるようになれば当然、民間人にも協力を求めやすくなるだろう」
前出の渡辺氏も防衛庁の「省」昇格によって「兵器産業は注文が来るまで技術者も設備も寝かせているしかないので、海外に売らないと産業として成り立たない。省昇格は武器輸出の欲求を加速させる」とみる。
それに伴い、関連社員の事実上の戦地出張も増えると予想する。「省」昇格には権威の拡大で、防衛機密の名の下にその実態を一段と見えにくくする効果もあるのでは、と懸念する。
自衛隊が派遣されて五年たち、外国からみれば、日本はすでに戦争をしている国。憲法九条があるから戦争をしていない、と思っているのは日本人だけだ」


<デスクメモ> もう二昔も前のことだけど、上野駅付近を歩いていて「ちょっといい?」と自衛隊の人に“ナンパ”された。「給料をもらいながら、いろんな免許が取れる。日本は実際には戦場に行くこともないしね」。幸か不幸か、丁重にお断りしたが、お誘いに乗った人もいただろう。いま、彼らの思いを聞いてみたい。(牧)