どこが違う 自民党憲法草案「▼2 <前文>消えた『平和の顔』」(東京新聞)

憲法草案の前文を見て、一番驚いたのは、中曽根康弘元首相だろう。
自ら新憲法起草委員会の前文小委員長を務め、素案の筆を執った。しかし、目にしたのは、前文小委が一年近くかかってまとめた案とは、似て非なるものだった。
「アジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に…」。素案は、こんな書き出しで始まっていた。現行憲法の前文と比べると、日本らしさたっぷりの書きぶりだ。
「うちの地元は東シナ海だ。これも冒頭に入れてほしい」。沖縄出身議員から真顔でこんな陳情が飛び出すなど、前文作りは、「日本らしさ」をどう盛り込むかに関心が集まっていた。
しかし、出来上がった前文の書き出しは、脚色抜きに憲法制定を宣言しただけ。国民主権と「憲法を確定する」ことを冒頭でうたった現行の前文と構成をそろえた。
起草委幹部は「情緒的表現を一切なくしたら、こうなった」という。が、冒頭部分を見ただけでも保守色を極力抑制し、民主、公明両党や幅広い国民に対する「受け入れられやすさ」を狙ったことがうかがえる。言うまでもないが、憲法改正論議は、この草案が終着駅ではない。国民に発議して改正を実現させるためには、さまざまな層の拒否反応を極力抑える「無色透明」な文章にする必要があったのだろう。
草案は、国民主権と平和主義、基本的人権の尊重という、今の憲法の基本三原則も引き継いだ。
一方、新たに加わった要素のうち主なものは(1)象徴天皇制(2)国民の責務(3)目指す国家像として教育の振興と文化の創造、地方自治の発展(4)自然との共生−の四点。現行の前文との一番大きな違いは、自主防衛の概念を含めた国民の責務について、「帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務」と言及したことだろう。
このくだりも、「国を愛する国民の努力によって国の独立を守る」と愛国心を盛り込んでいた素案と比べると、保守色は随分薄くなっている。愛国心を「愛情」に置き換え、「独立」は消えた。
ただ、国民の責務は草案第一二条で条文化もしている。党内論議で強調されてきた「権利には義務や責任が伴う」との主張が反映された結果といえる。現行の前文は、「再び戦争の惨禍が起ることのないやう」といった不戦の決意や平和の追求が貫かれている。天皇への言及もなく、国民主権と民主主義が「人類普遍の原理」として、とうとうと説かれている。
前文は憲法の「顔」とも言われる。読み比べると、草案は保守的な表情は消しているものの、現行憲法の基調だった「平和の顔」とは、随分違う顔つきをしていることが分かる。